工房のページを見ていて、「キャスト製法」という見慣れない言葉に出会った方へ。読み飛ばしてもよさそうだけれど、何かの分かれ道な気もして、手が止まっている——そんな方に向けて書きました。
結論から言います。キャスト(cast)とは、日本語でいう「鋳造(ちゅうぞう)」のことです。まず原型をつくり、その形をうつした型に、溶かした金属を流し込んで指輪の形にする。それだけの意味の言葉です。特殊な技術の名前でも、ランクを表す言葉でもありません。
そして、もうひとつ先にお伝えしておきます。キャストかどうかで、指輪の良し悪しは決まりません。仕上がりを決めているのは製法の名前ではなく、地金をどれだけ使っているか、断面がどう設計されているか、仕上げにどれだけ手数をかけているか、のほうです。この記事では、手作り結婚指輪の工房である私たちが、この言葉の意味だけを、なるべく正直に開いていきます。

この記事が答えるのは「言葉の意味」です
先に守備範囲をはっきりさせておきます。製法の話は論点が重なりやすく、まとめて語るとかえって分かりにくくなるからです。
- 原型を削ってから指輪が手元に届くまで、工程を1つずつ順番に見たい方は、ロストワックス製法の全工程へどうぞ。何をどの順でやるのか、ふたりが手を動かすのはどこまでで、職人が引き取るのはどこからか。手順の記録はあちらが担当しています
- 鋳造と鍛造、どちらがいいのかという比較は、鋳造と鍛造にまとめました
- 「鍛造なら傷つかない」という話は本当かは、鍛造なら傷つかない、の検証で硬さの数字とあわせて検証しています
- 手作り指輪の3つのタイプ分けは、手作り指輪の3つの種類にあります
- お店ごとのサービスの組み立て方の違いは、彫金体験と本格キャスト製法の違いへ
この記事は、それらすべての手前にあります。そもそもキャストって何のこと?——その一点です。
キャスト製法とは、型に金属を流し込んでつくる方法のこと

キャストは英語の cast で、鋳造を意味します。溶かした金属を型に流し込んで形をつくる方法の総称です。銅像も、フライパンも、エンジンの部品も、鋳造でつくられているものは身の回りにたくさんあります。
宝飾の世界でキャストというとき、そのほとんどはロストワックス鋳造と呼ばれる方法を指します。名前の由来はそのまま、途中でワックス(ろう)が失われる(lost)から。おおまかに言えば、こういう流れです。
- ワックスで原型をつくる。指輪と同じ形を、削りやすいろうで削り出します
- 原型を埋める。石膏のような鋳型材で原型をすっぽり包みます
- ワックスを溶かし出す。加熱すると、中のワックスだけが溶けて流れ出ます。これが「ロスト」。あとには指輪の形をした空洞だけが残ります
- 金属を流し込む。その空洞に、溶かしたプラチナや金を流し込みます
- 型を壊して取り出し、磨く。冷え固まったら鋳型を割り、余分を落として研磨します
ワックスが消えて、その形が金属に置き換わる。だから「原型を削る」という作業が、そのまま「指輪を彫る」ことになるわけです。ふたりが削った跡や指の当たりも、金属に引き継がれます。
なお各工程の細かい中身、たとえば湯口の付け方や磨きの順序といった話はロストワックス製法の全工程に譲ります。ここではあくまで、言葉の輪郭だけ。

なぜ、多くの指輪がこの製法でつくられているのか
指輪の製法は、大きく分けると鋳造(キャスト)と鍛造(たんぞう)、そして金属のかたまりから削り出す切削などがあります。そのなかで、既製品も含めて市場に並ぶ指輪には鋳造でつくられたものが多い、と一般に説明されます。理由は、だいたい次の3つに集約できます。
1. 複雑な形が、そのまま形になる
流し込む方法なので、型の空洞と同じ形が出てきます。ひねりのある曲面、細かな透かし、内側のえぐり、石を留めるための爪。金属を叩いたり削ったりして出すのが難しい形も、原型さえつくれれば再現できます。デザインの自由度が高い、というのがキャストのいちばんの特徴です。
2. 同じ形を、もう一度つくれる
原型からゴム型を起こせば、同じワックス原型を何度でも複製できます。既製品のブランドが同じデザインを何本も供給できるのは、この再現性があるからです。工業の世界でロストワックスが精密鋳造として使われているのも同じ理由で、寸法の精度を保ったまま繰り返しつくれる点が評価されています。
3. 原型というかたちで、設計が残る
これは私たちが個人的にいちばん好きな性質です。鋳造は「原型をつくる工程」と「金属にする工程」が分かれています。つまり、金属になる前に、形をじっくり検討できる。ワックスは金属よりずっと柔らかいので、削って、当ててみて、また削る、ができます。やり直しがきく段階が長いのです。
裏を返せば、キャストが選ばれているのは主に「つくりやすさ」と「形の自由」であって、「安く済ませるため」ではありません。ここが次の話につながります。
金額の目安だけ先に知りたい、という方へ。
見積りシミュレーターなら、地金代と加工費を分けた概算をその場で出せます。来店の前に、数字だけ確かめておくこともできます。相談だけでも大丈夫です。
「キャスト=安物」という誤解について
ネットで製法を調べていると、キャストを下に置く書き方に出会うことがあります。気になる方も多いと思うので、正直に書きます。
仕上がりを決めているのは、製法の名前ではありません。同じ「キャスト製法」という4文字の下に、まったく違う指輪が並んでいます。差がつくのは、主にこの3つです。
| 差がつくところ | 何が変わるか |
|---|---|
| 地金量(幅・厚み) | 細く薄くすれば価格は下がるが、変形しやすくなる |
| 断面の設計 | 内側の丸みや角の落とし方で、着け心地と見え方が変わる |
| 仕上げの手数 | 研磨・表面仕上げをどこまでやるかで、艶と質感が変わる |
たとえば、価格を相場の感覚に合わせるために、指輪を細く・薄くして辻褄を合わせるやり方は存在します。それはキャストのせいではなく、地金量の設計の話です。100&1が見積書に幅・厚み・重量まで明記しているのは、そこを隠したくないからでした。見積りの読み方は料金と素材と見積書のチェックリストに書いてあります。
硬さについても一言だけ。純プラチナや純金はもともと柔らかく、合金にすることで硬さが上がります。ただ、砂ぼこりに含まれる石英のほうがずっと硬いので、どんな製法でつくった指輪でも「傷がつかない」ということはありません。数字を含めた検証は鍛造なら傷つかない、の検証にまとめました。
製法の名前は、性能の保証書ではないのです。見るべきは、名前ではなく中身。もし工房を比べているなら、「幅と厚みは選べますか」「仕上げはどなたが担当されますか」と聞くほうが、製法名を集めるよりずっと役に立ちます。


100&1がキャスト製法を選んでいる理由
私たちがキャスト製法でつくっているのは、ふたりの手の跡を、そのまま指輪に残したいからです。
100&1では、おふたりにワックスの原型を削っていただきます。ワックスは金属より柔らかいので、工作の経験がなくても、思った形に近づけていけます。削りすぎたところはスタッフがお手伝いします。ここで時間をかけられるのは、鋳造が「原型づくり」と「金属化」に分かれているからです。
そして原型ができたら、そこから先——鋳造と研磨と表面仕上げは、長年の宝飾業界で培われた知見を持つ職人が引き受けます。溶けた金属の温度、流し込む速さ、冷やし方、磨きの順序。ここは経験がそのまま結果になる領域で、初めての方が一日で身につけられるものではありません。楽しさを我慢して品質を取る、という交換をしなくていい——その組み方ができるのが、この製法のいいところだと思っています。
もうひとつ、100&1らしいやり方を。私たちは1つの原型に、ふたりで文字を刻みます。2本を別々につくるのではなく、対(つい)になるように設計する。原型が形の記録として残るキャストだからできる進め方です。
そのかわり、当日はお持ち帰りいただけません。原型づくりは1回のご来店で終わりますが、鋳造と研磨は別の工程だからです。当日の進み方は制作の流れに、工程そのものはロストワックス製法の全工程にまとめてあります。
よくある質問
キャスト製法と鋳造は、違うものですか?
同じものです。キャスト(cast)は英語で鋳造を意味する言葉で、工房によって「キャスト」「鋳造」「ロストワックス」と呼び方が変わるだけです。厳密にいえばロストワックス鋳造は鋳造の一種ですが、宝飾の現場でキャストというときは、ほぼこの方法を指しています。ほかの用語も気になる方は宝飾用語集をどうぞ。
キャスト製法の指輪は、鍛造より弱いのでしょうか?
「製法だけで強さが決まる」という考え方を、私たちは取っていません。強さに効くのは幅・厚み・地金量・仕上げといった設計です。とはいえ製法ごとの性質の違いは確かにありますので、その比較は鋳造と鍛造で扱っています。この記事は用語の説明に絞りました。
自分たちで削るのは、金属ではなくワックスなのですね?
はい。おふたりが削るのはワックス(ろう)の原型です。金属を直接叩いたり削ったりはしません。その代わり、金属では難しい細かな造形にも手が届きます。手作り指輪のタイプの違いは手作り指輪の3つの種類にまとめました。
原型はあとから残せますか?
原型のワックスは鋳造の途中で溶けてなくなります(これが「ロストワックス」の由来です)。形そのものは金属の指輪として残る、とお考えください。工程の詳しい話はロストワックス製法の全工程にあります。
製法のことがよく分からないまま相談しても大丈夫でしょうか?
まったく問題ありません。むしろ、製法の名前を覚えてからご来店いただく必要はないと思っています。ご相談で伺うのは「どんな形がいいか」「どんなふうに使う予定か」。そこから逆算して、幅も厚みも仕上げもご一緒に決めていきます。金沢・横浜の2拠点とも完全予約制です。
キャスト製法という言葉は、突きつめれば「型に流してつくる」という手順の名前でしかありません。それ自体に良し悪しはなく、上でも下でもない。指輪の出来を決めているのは、そこに何グラムの地金を使い、どんな断面に設計し、どこまで磨いたか、という一つひとつの判断のほうです。だから工房を比べるときは、製法名を集めるより、その中身を聞いてみてください。私たちも、聞かれたことには数字で答えます。工程を順番に見たい方はロストワックス製法の全工程へ、決める前のご質問は、どうぞお気軽に。
